2006年 11月 14日
懐かしき理不尽な日常を そのいちのに |
冷水で顔を洗い、目を覚ます。
嫌が応にも十四歳当時の自分の体だと認識する。
そこでふと思う、今までの事―――未来の戦争こそが夢だったんじゃないか、と。
剣を振い銃弾が飛び交い魔法を放つ、そんな幻想的で尚且つ血生臭い夢。
夢だとしたら、恐ろしいほどに現実感のあった夢なんだけれど。
それでも、過去に戻るという事―――それも肉体を伴わない―――があるのだろうか。
無いと断じたい、否と思いたい。
しかし、無いと断じえない、否と思えない。
何故なら、未来の戦争で自らの身を守り幾度と無く戦場を潜り抜けた相棒達が――――
――――数年来の付き合いのある武装が部屋の片隅にあったのだから。
ならば、記憶は現実なんだろう。
ならば、私は過去に舞い戻ってしまったって事だろう。
ならば、私に未来を変えろとでも言いたいんだろうか。
けれども―――私が未来を変えてしまっていいんだろうか。
魔法先生ネギま! 異伝
懐かしき理不尽な日常を そのいちのに
二〇〇二年十月。
朧になった記憶では昔の長谷川千雨はまだ普通の生活をしていた頃。
表向きは一般的な女子中学生、裏ではネットアイドルとして。
普通の生活からの変革の切欠はネギ・スプリングフィールドという少年教師。
その少年が麻帆良の土を踏むまでまだ時間があった。
相棒と言える剣を手に取る。
未来の自分では大きく感じなかった重さを実感する。
「こりゃあ、鍛えねーとな」
技術や経験、知識に直感などの精神に付随する物は備わっている。
しかし、肉体はそうもいかない。
あくまで普通の生活をしていた女子中学生なのだから。
変革の切欠の前の時期なのは、鍛える猶予なのだろうか。
まだ幾つか問題が残っている。
未来のあの世界では顔向け出来ない面々がクラスメイトな事。
どうやって接するべきか解らない存在。
軽いところでホームページはどうするべきか等。
だが、一番の問題は――――超鈴音を殺すべきか殺さぬべきか。
悩んだ末に千雨は選んだ――――殺さぬ事を、今はまだ。
身体を鍛える事にしたが、以前の――あの戦争の時と同じとはいかないのは解りきっていた。
状況と違い、仮定と違い、行動が違い、目的までもか違う。
戦時と平時、実戦と特訓、普通と異質、生存と干渉。
とはいえ、千雨は専門的な武術や武道の経験は無い。
理想的な鍛錬方法など知る由も無い。
かといってただ我武者羅に鍛えれば身体を壊す可能性も捨てきれない。
そこで目を付けたのは理論的な鍛錬方法、超回復を利用する科学的鍛錬である。
勿論、そちらも知っているわけではない。
だが、そちらならば比較的簡単に調べる事が出来るからである。
図書館島もあるし、ネットでも調べられるだろう。
外見が急激に変わるような鍛え方をしてはいけない。
しなやかに細く筋肉を引き絞らねばならない。
人目見るだけで自分が戦闘者という事が悟られてはいけない。
普通の学生と思われる身分を活用しない手は無いからだ。
あくまで〝今回の〟長谷川千雨は
過去として現在の時間域の事は知識にある。
問題は当時の記憶、女子中学生として生活していた頃の生きた記憶が朧気な事。
魔法改変以後の記憶ならばほぼ忘れてはいない。
忘れては生死に関わる事も多々あったからでもあるが。
記憶――正確には情報だが――を持つ優位性は無いと変わり無い。
受身の行動を強いられる事になったわけだが――――
「ま、しゃーねぇか」
しょうがない、で済ませる事にした。
忘れてしまっている事を悔いても記憶が戻ることは無いから。
優位性を持ったところで好きに動けるわけでも無い。
麻帆良学園都市は関東魔法協会の御膝元。
歴史改変以後からその世界に入り込んだ長谷川千雨は詳しい情報は知らない。
それでも、数多くの魔法使いがいるであろう事は至極簡単に予想できる。
特に注意するべきは二人。
元2-A担任、否今現在ならまだ担任の高畑・T・タカミチ。
咸卦法による攻撃力と脅威のタフネスを持つ、かの世界では知らぬ者は居ない英雄の一人。
そして、麻帆良学園学園長にして関東魔法協会理事近衛近右衛門。
飄々とした好々爺に見られるが、極東最強の魔法使いと称えられる強者。
敵対するわけではないが、目を付けられれば厄介な相手には違いない。
何より、近衛近右衛門を敵に回すというのは麻帆良総ての魔法使いを敵にするのと同意。
本来なら、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも上記二人と同じ扱いなのだ、
呪いによって学園結界内での魔力減少している事から注意に値しないという訳では無い。
本来の、魔力が減少していない、吸血鬼闇の福音ならば―――上記二人と同等、いやそれ以上か。
数百年に及ぶ研鑽と絶対的な種族差は魔力減少程度では揺るぎはしない。
それでも注意順位がそこまで高く無いのは、近衛近右衛門の意図で動いている訳では無いから。
彼女を敵に回すのが麻帆良を敵に回すという事では無いから。
勿論、学園結界外でならば麻帆良を敵に回すより恐ろしいかもしれないが。
どうやっても後手に動く事になるだろうという事が解っていた。
先取防衛は諸刃の剣だ。
罪状が無ければ、罪には成らないのだから。
仮に殺人が予知出来たとして、犯行を起こす前に犯人を殺してしまったらそれは只の殺人。
騒動が起こるからと騒動を防ぐ為に騒動を起こしては本末転倒。
出来る事は起きてから対処するという事になる。
勿論、起きる前に防ぐのが一番好ましいのだが……。
第一、相手は天才超鈴音。
起こる前に対処したとて修正に次ぐ修正で対処にものともしないと予測される。
結局は起きてしまってから強引に叩き伏せるのが一番簡単な手段になるだろう。
最も、一番労力が掛かり一番苦労する手段でもあるだろう。
「つまりはどうにもなんねーって事なんだよな」
ポツリと自嘲を含む呟きをこぼす。
学校での授業も終え、その足で来た図書室。
元々人との付き合いが少なかったのが幸いか、千雨の変化に気付く者は居なかった。
雰囲気や気配の違いから違和感を感じた者は少なからず居るだろうが。
「知らなかったが、トレーニング法っつっても数あるんだな」
一般的に良く知られる筋力トレーニングからイメージトレーニング。
器具を使用して行うものもあれば、これはトレーニングなのかと首を傾げるものまで。
深いものになると練気柔真法や肥田式強健術という名前も聞いた事が無いものまで。
様々なトレーニング法が調べれば調べるだけ見つかった。
これからどうなるかは判らない。
これからどうするかも判らない。
行き当たりばったりな行動になるという事は解っている。
それでも、今の自分に出来る事は戦う力を得る事。
〝それだけ〟でも、解っているのが、長谷川千雨には安心出来た。
〝それだけ〟しか安心出来る要素が無いという事でもあるのだが。
「そういや、魔法は秘匿される物だったんだっけか。
爆撃に警戒するよりはましだけど、めんどくせーよなぁ」
と、最後に本を閉じつつ一人ごちた。
by aruto_zak
| 2006-11-14 07:19
| SS ネギま異伝